ということで本書は実質的に、一つの大型ホテルの年代記であり、約70年のスパンで栄枯盛衰(えいこせいすい)を描く。ただし、実際にクローズアップされるのは、シコルスキー家が第三子を捨てた過去や、次男の零落(れいらく)、失踪事件が落とす影、事業の傾きであり、ホテルは遂には廃墟となってしまう。
70年も営業していたホテルなのだから、羽振りの良い時期も相当長かったはずだ。しかしその栄耀栄華(えいようえいが)は、直接的な描写があらかたスキップされており、間接的にしか読者の前に姿を見せない。シコルスキー一族をはじめとする主要登場人物は、それぞれの時代(パート)ごとに、それぞれ異なる事情を抱えながら、打ち沈んだ表情を見せつつ視点人物を務める。
作者は明らかに意図的に、小説全体を影に傾斜させており、物語全篇をゴシック調の暗い雰囲気で覆う。登場人物各人の憂鬱(ゆううつ)に焦点を当て、それぞれの人生模様を丁寧に描き出す佳作と言えよう。なおこの種の物語が、ポケミス換算で300ページちょっとというのは、かなり短めである。長期にわたる多視点の物語を、こうも手際よくまとめたのだ。作者の手腕はこの点からも本物である。
ハリーの元恋人ラケルの息子オレグが殺人容疑で逮捕された。幼い頃に父親代わりを務めたハリーとしては、彼が殺人犯だとは信じられない。警官時代の伝手(つて)を頼りながら、ハリーは独自の調査を開始する。だがオレグは、ハリーに反抗的で何も話さない。しかも、オレグがドラッグの売人を務めていたこと、証拠の全てが彼を犯人と指し示していることがわかってくる。
本書の展開はまことに衝撃的である。過去作品『スノーマン』で、ラケルとオレグを事件に巻き込んでしまったため、ハリーはこの母子(おやこ)との離別を選んだ。その選択が間違いであったことが、本書では一切の遠慮なく慈悲もなく、事実として主人公を襲うのである。ハリー自身の事件として、物語が終始、切迫感を伴っていて、読者としても気が気ではない。そしてあの真相と終局!